2010年09月28日

古いアルバム「西梅田・中之島」

お天気がくずれましたね。
古い写真も探しているのが見つからないので、今回でひと区切りといたします。あとすこしのお付き合いをお願いいたします。

一枚目は西梅田・中之島で前回の焼き直しでもないですが、すこしアップの写真がありました。
西梅田をご覧いただくと、コンテナ基地が写っています。国鉄の看板には「フレートライナー・梅田基地」と書いてあります。
手前の現在の毎日インテシオの場所には雪印の看板を上げた小さなビルがあります。雪印が地権者なのがわかります。

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写真の上の方には前回と同じ、中之島の並びがアップで写っているのがわかります。左から「新朝日ビル」「朝日新聞」・・・
阪神高速池田線のビルのトンネルがあって、その右側、あれ〜・・・

住友中之島ビルが登場しています。東レの看板の「中之島三井ビル」との間にできていたのですね!これでわかることは同じ時期の撮影でもない。わたしは何度も撮影していたのです。

この住友中之島ビルには長い間「現美センター」こと「府立現代美術センター」がありました。これ縮小から廃止になったと思いますよ。
ご多分にもれず、文化や芸術なんて無駄の風潮に屈してというか、府の財政が豊かでなくなったのでしょう。

やっぱし芸術・文化施設なんて、公共がパトロンにならないと、無理なんですね!大阪はまだマスコミや私鉄ブループ企業ががんばっているので、格好ついていますけども。

この写真ですが、わたしはどういう狙いで撮影したのか?
正直、ビルはあまり意識してなかったと思いますよ。この写真のメインは明らかに国鉄の電車です。
これは特急「雷鳥」の大阪駅から宮原電車区(現宮原総合車両所)への回送です。電車(車両)は485系交直流特急形(直流・交流50・60ヘルツ対応)です。

背景としてはビルや阪神高速もある程度意識していました。阪神高速の中之島−出入橋間は池田線の二段重ねですね。阪神高速で上下二段は天保山付近にはいっぱいありますが、比較的すくなくて平面的なつくりなんですね。

一枚目から長過ぎたので、二枚目です。

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あまり美しくない福島、同じように下に電車と福島駅のホームです。
現在はマンションラッシュの福島。昔から木造瓦屋根の続く街並みでした。とりえというと、梅田・中之島に近いことでしょうか。昔は自動車部品を扱う会社・お店の密集地域でしたが、いまはどうなったでしょうか?

大阪は同じ地域に同じ業種が集まる習性がありました。
日本橋の電気街、船場丼池の繊維街、くすりの道修町、堀江・立花通の家具屋街、機械工具の立売堀など。そのひとつに福島の自動車部品がありました。
自動車部品店も基本的に卸売で、多くは自動車修理工場や業者間取引で成り立っていました。

まあ、いいとして、この写真は「リーガロイヤル」に「中之島センタービル」が写っています。
真ん中に写っているマンションの屋上には『メガロコープ福島・600万円台から』とか看板があるようです。塔屋にも看板がありますが、判読困難のようです。
メガロコープって、どこのマンションでしょう。西宮には「メガロコープ」の名前が多いですけどね。

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もう一枚は福島のホームから大阪駅方面

osaka_1h.jpg

CIMG8916.JPG

もうひとつ、大阪駅の写真でも入れておきましょうか。
色付き写真は今年1月撮影になります。変貌振りをご覧ください。

何代目というのか知りませんが、白黒のは「アクティ大阪」建設前の駅舎になります。
この駅舎は当初5階建ての予定だったのが、戦時中の鉄材供出のあおりで縮小されたそうですね。





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posted by マッチ at 13:12| Comment(1) | 古い写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする