2015年06月21日

ピースおおさか見学記 15.06

森ノ宮にある「ピースおおさか」という平和施設を見学した。
中央大通りに歩道橋があり北側に「ピースおおさか」、南側には最近開業した「もりのみやキューズモール」がある。
じつは「ピースおおさか」を最初に見学したのは、かれこれ25年くらい前になる。
開館して間もない頃だった気がする。

001.JPG
南側から見たピースおおさか

062.JPG
入口は北側の公園側になっていた。
063.JPG

065.JPG

最近になって、3度ばかり再訪したことがあった。
しかし、一度目は改装リニューアル工事のため閉鎖していた。
工事が終って、二度目は運悪く、月曜日の休館になっていた。
そして今回、三度目の正直である。このひと月ばかりの間に三度も来たわけである。
25年前に来たのは、理由があった。

006.JPG

007.JPG

023.JPG

024.JPG

025.JPG
大阪から全国に先駆けて、国防婦人会が結成された。

026.JPG
国防婦人会の集会

036.JPG

056.JPG
タスキ

047.JPG
特別展示室があった。

大阪に平和施設が出来たのを喜んだのもあるが、この動機は昔、広島出身の知人の影響があった。彼から大丸・心斎橋で開催していた『戦争展』に誘われて、見学したことがあった。その時は会場で会えず残念に思ったが、一人で見学した。
当時、戦争展では、尋ね人コーナーも設けられていた。いまだに戦争から帰らぬ人もいたので、残留日本人とか、そういう尋ね人であった。
私が小学生の時、昭和27年頃、戦争で外地に行って、ようやく復員する人もいた。
横井庄一さん、小野田寛郎さんのように、引き上げるのが遅れた人もいるようだった。

050.JPG

052.JPG
特別展示室には手紙も展示されていた。

053.JPG
印刷されたのも。見易い配慮であろう。

とりわけ戦慄と共に、衝撃を受けたのは、この戦争展でも特攻隊員から、母や父に宛てた手紙が多く展示されていた。私は手紙を読み進むうち、次第に感極って、ひと目もはばからず、嗚咽が込み上げて、泣いてしまったのである。
ピースおおさかの最初の展示にはそういう展示はなかったのだが、リニューアルで体系的な展示になったようだった。
今回、そういう展示を探したら、数点の展示があった。下に印刷活字で書いてあった。
泣くというのは、感動の大きな場合に引き起こされる人間の感情である。

同様の施設には鹿児島県南九州市に知覧特攻平和会館があり、私はここにも行って泣いている。
知覧特攻平和会館:知覧特攻平和会館は鹿児島県南九州市知覧町郡(旧川辺郡知覧町)にある、第二次世界大戦末期の特攻に関する資料を展示する施設である。
沖縄にも同様の施設がある。

052.JPG

ついに目的の展示を発見したのである。
大丸の戦争展では直筆の手紙が多数展示してあったので、余計にリアルに感情が伝わってきた。特攻隊員は死を前にして、『母上様、どうか風邪を引かないよう、お体を大切にしてください。母上の形見のお守りを身に着けています』などと書かれた手紙がありました。

ここで最後にユーチューブ動画を二つ入れます。
全ての日本人に知ってほしい大東亜戦争


もう一つは歌です。
空の神兵(戦時歌謡 梅木三郎作詞 高木東六作曲)という軍歌というより名曲である。
この歌は埋め込みにせず、リンクのみで。
「都市の景観と躍動」トップに戻る
posted by マッチ at 14:02| Comment(0) | 京橋・桜宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]