2015年05月24日

高校の私的同窓会

近況を報告いたします。
都構想ショック以後、沈黙していましたが、別にブログをやめたわけではありません。このところ、小学校・中学校と同窓会が続きましたが、5月には高校の私的同窓会を開催しました。5月初旬だったと思います。東京在住の同級生から、突然手紙が届きました。何回か手紙のやり取りして、5月20日に決定しました。
会場は僕がよく使う「和食さと」杭全店にしました。JR大和路線(東部市場前下車・個室予約)
何の音信もなかったのに、岡山在住の同級生から伝え聞いたらしく、しばらく手紙のやり取りをしていましたが、電子メールに切り替えました。
岡山の同級生も2年前に初めて顔を合わせています。東京の同級生は、約50年振りという途方もない歳月がたっています。

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天王寺で、入線する各駅停車、くたびれた201系。

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天王寺にて。

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東部市場前駅です。

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東部市場前駅の東には、JR貨物百済貨物ターミナル駅が広がっています。和食さとは貨物駅の北側です。

東京の同級生と僕とは高校3年の夏休みに東京で落ち合ったという接点がありました。たしか昭和38年の夏のことでした。僕は伊豆湯ヶ島に一泊したあと、東京に乗り込んだのです。
彼はその時、157系特急「ひびき」で東京入りしたのを東京駅で出迎えました。彼は元々東京の人間で、東京に友人・知り合いがいるようでした。新幹線も高層ビルもない時代でした。東京では、彼の友人とともに浜離宮庭園を案内してもらった思い出があります。
当時から東京の国鉄の鉄道網はほぼ現在見られる鉄道網が出来上っており、電車は古い形式がほとんどでしたが、頻繁に発着する電車と、中距離電車の編成が驚くほど長編成なのに度胆を抜かれました。度胆を抜かれたのは、京浜東北線と山手線が戦後分離されて、東側の田端−品川間が複々線になっていたことで、平行している区間ならば、どっちに乗っても同じ方向に行く規模に驚きました。(私鉄の発達は大阪が先行していました)

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参加してくれたメンバーです。左側が東京から参加のS君です。

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撮影役の僕は写ってません。

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今回の私的同窓会には、岡山のM君のご機嫌が悪かったのですが、会ってみると、そうでもないのですが、電話での打合せでは、お前らはイイけど、岡山や東京から行くのは大変なんやぞ。とか何とかとブツブツ言ってました。

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スカイツリー土産。早速飾りました。

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とらやの羊かん。

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だけど、実際に合ってみると、東京から参加のS君がたくさん東京土産を持って現れました。スカイツリー型はメモクリップ。他にもとらやの羊かんや三社祭りの提灯など、すべて3人分用意してくれていました。
正直、S君の太っ腹に驚きました。それにたくさんのお土産で、ご機嫌斜めなM君の機嫌も直ったようでした。
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posted by マッチ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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