2014年06月14日

堺・泉北NT周辺の不思議な道路の呼び名、なんとかせい!

堺・泉北周辺の道路名は昔から混乱が見られる。
府道30号大阪和泉泉南線を通称13号線と呼ばれる。どういう理由か「13号線」の通称が定着している。
泉北1号線は、そんな道路は存在しないのにもかかわらず、道路名として、正式より通称名の方が有名でまかり通っている。
(泉北1号線は、大阪府内を走る道路の一つ。大阪府道34号堺狭山線、大阪府道38号富田林泉大津線のそれぞれ一部の通称である。地元で「1号」といえば国道1号ではなく、本道を指すことも多い)

Semboku_NT.jpg
泉北NTを貫通する府道38号富田林泉大津線・・・
写真は典型的な泉ヶ丘−栂・美木多間の整備された道路風景。泉北1号線と通称されることが多い。
中央に泉北高速鉄道が通り、両側に信号のない道路が走る。

Fudou61-Sakai002.jpg
府道61号線は泉北2号線と呼ばれる通称の方がよく認知されている。写真は豊田橋交差点で、府道38号富田林泉大津線と交差している。右折すると光明池方面。

Route_34_inSakai01.jpg
深井(北条町1丁)から信号のない高架道路で、泉ヶ丘を経由し大阪狭山市に至る。泉ヶ丘から狭山市方面に向かうのが府道34号堺狭山線になる。
泉ヶ丘から狭山市の途中はこんな道路。相変わらず信号のない高規格道路が続く。

大阪府道34号堺狭山線は、大阪府堺市堺区から大阪狭山市に至る主要地方道。
光明池方面に直進する、通称泉北1号線は府道38号富田林泉大津線が正式である。

府道28号大阪高石線は、大阪市内ではあびこ筋と呼ばれることが多く、堺市内では「ときはま線」の名称が堺市(沿線に名称名掲示)によって名付けられている。
住人も住人なら、行政も行政で、てんでばらばらに名称を付け、呼びならわす。
勝手に付けた名称が独り歩きして定着する。ネットもなにもない時代から呼び慣わしてきたというより他ない。

016.JPG
国際障害者交流センタービッグ・アイ。泉ヶ丘に来てここの駐車場に止めた。

018.JPG
これもビッグ・アイ。

国際障害者交流センタービッグ・アイは、大阪府堺市南区にある、「国連・障害者の十年」を記念して、厚生労働省が整備した、研修・宿泊施設。

022.JPG
大阪府立大型児童館ビッグバンもある。

015.JPG

大阪府立大型児童館ビッグバンは、大阪府堺市南区茶山台にある児童館である。
総工費約171億円をかけて1999年6月に開設。宇宙船をイメージした外観は、松本のデザインによる。

027.JPG
遠方から「ららぽーと和泉」の建設中の巨大な姿が見えていた。

1965年 - 大阪府都市開発が「泉北高速鉄道」設立。
1967年 - 泉ヶ丘地区(宮山台)の入居始まる。
1968年 - 泉北高速鉄道の中百舌鳥 - 泉ヶ丘間工事始まる。
1971年 - 泉北高速鉄道の中百舌鳥 - 泉ヶ丘間営業開始。
1972年 - ニュータウン人口が3万人を超える。
1973年 - 泉北高速鉄道の泉ヶ丘 - 栂・美木多間開通。
1974年 - 泉ヶ丘センター内に泉北高島屋とパンジョ開業。
1975年 - ニュータウン人口が10万人を超える。
1977年 - ニュータウン人口が12万人を超える。
1977年 - 泉北高速鉄道の栂・美木多 - 光明池間開通。
1982年 - ニュータウン人口が15万人を超える。
1983年 - 泉ヶ丘図書館(現・南図書館)が開館。
1983年 - 光明池運転免許試験場が開場。
1991年 - 阪和自動車道の美原北IC - 堺IC間が開通。
1993年 - 阪和自動車道が岸和田和泉ICまで延伸、開通。
1999年 - 泉ヶ丘に府立大型児童館「ビッグバン」が開業。
2006年 - 堺市が政令指定都市に移行。南支所が南区役所に昇格・・
[PR]



「都市の景観と躍動」トップに戻る
posted by マッチ at 11:21| Comment(14) | 道路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
北摂阪神間でも国道171号(旧西国街道)をいないち≠ニ呼んだり、阪急西宮北口の電車の車庫の東側の筋、北上すると仁川、逆瀬川、宝市役所方面に行く道を地元のひとは「中津浜線」と呼んだりします。地元が地域の道路を俗称で呼ぶのはなにも堺、南大阪に限ったはなしではないと思いますね。
国道26号線はいつまでも「第二阪和国道」でしょうね。通称第二阪和≠アれは理由がはっきりしていて、現堺阪南線が旧の「国道26号線」、あとから新しく作ったから「第二阪和」
しかし、世間の他の「第二なんとか」は有料高規格道路(高速道路)なんですよね。
第二阪奈したり、第二京阪したり
無料の主要幹線道路(一般国道)で「第二なんとか」がまかり通っているのは「第二阪和」だけかもしれません。
Posted by 南大阪に限ったはなしではない at 2014年06月14日 13:34
もう、これは許容限度を超えた言い方です。
ご指摘のこととかなりニュアンスが違います。

>国道171号(旧西国街道)をいないち≠ニ呼んだり、阪急西宮北口の電車の車庫の東側の筋、北上すると仁川、逆瀬川に。
「中津浜線」と呼んだりします。
”いないち”はただのダジャレに近い、短縮語と思いますし、言われる中津浜線は尼宝線で、171号から北になると、中津浜線かもしれません。

しかし、これらの名称は行政が誘導した名称と思えます。
尼崎の南北道路は、国道43号の交差点名を名乗るのが多くて、道意線、出屋敷線などがあります。これも標識があるので、行政の誘導と取れます。

後から造ったから「第二なんとか」になった。
これも行政が勝手に名づけた名前です。
したがって、堺・泉北に限ったことと思えます。

Posted by マッチ at 2014年06月14日 14:30
 マッチさん ご無沙汰です!
出身地の西宮がでてきたので少し脱線させて下さい。

子供の頃、国道171号線は普通に西国街道と云い“いないち”なんて云いませんでした。
で 国道43号線が開通した時(中学二年)、地元では「ニ国(にこく)」・国道2号線を「一国(いちこく)」おまけに中国街道を旧国道なんて呼んでました。
今は43(よんさん)そして第一阪神国道は「にこく」と呼び昔人間は混乱しています(笑)。

なお中津浜線は西宮・尼崎の市境である武庫川の西側を通る高潮交差点〜小仁川橋まで西宮市内のみ道路標識で指定らしい。
尼宝線は武庫川の東側で戦前計画された尼崎と宝塚を結ぶ宝塚尼崎電気鐡道の未成線が自動車専用道路になったとか…

長々と失礼しました。いつも楽しみに拝見しております!
Posted by 難波のやっちゃん at 2014年06月14日 21:26
こんばんは、ご無沙汰しております。記事はいつも見ています。道路の話、興味深く読ませていただきました。泉北1号線が通称だとはしらずに普通に使っていました。道路の呼び方にもいろいろあるんですね。私がちょっと気になっているのは308号線を中央大通りっていいますが東大阪の部分もそう呼んでいいか、という点なんです。職場が東大阪なので周りは結構中央大通りって呼んでいますが私は違和感を感じてしまうのです(大したことではないと思いますが)。
Posted by てんにもん at 2014年06月14日 22:52
難波のやっちゃん様、ご無沙汰です!
西国街道の旧道が残っていて面白いです。

昔と今で、呼び方が違うので、混乱します。
国道2号は、第一阪神国道と呼ぶのはいいです。阪急今津線の駅、阪急・阪神国道駅だけが名残を留めているようです。

てんにもんさん、ご無沙汰です!
国道308号線は、そのままですね。
国道308号は新橋(心斎橋)〜今里〜新深江〜左折(479号と重複)〜深江橋〜長田〜直進・新石切ですが・・・

中央大通りって、東大阪の部分もそう呼んでいいのか。
これは私も違和感を感じています。
中央大通は、大阪市内が本来の呼び名だからでしょう。

中央大通りがやはり優勢です。
国道308号の方が正しいのですが、分かりやすい呼び名が優勢になったのだと思います。
Posted by マッチ at 2014年06月15日 09:52
 余談ついでに…
マッチさんは私とほゞ同年代ですので、昭和32年にヒットし翌年には映画化されたフランク永井の“夜霧の第二国道”を憶えておられるでしょうか?

国道一号のうち、品川区五反田から神奈川区まで第二京浜国道の愛称らしいですネ。
地元では「にこく」と呼ばれるとか…
「いちこく」とは第一京浜(国道15号)の事らしい。
道路の呼称ってややこしい(汗)。

今でも昔の仲間が集まるとカラオケで唄います(笑)。
古いハナシで恐縮でした!
Posted by 難波のやっちゃん at 2014年06月15日 09:58
フランク永井の“夜霧の第二国道”・・
覚えていますよ。

第二京浜が国道1号、
第一京浜が、国道15号のようです。
地図みたら、国道1号・第二京浜は、横浜新道になります。

関東で読みが違うので、おそらく横浜新道(よこはましんどう)の読むのでは。
いちこくの国道15号て、どこに行っている国道だろうか。

Posted by マッチ at 2014年06月15日 11:21
?
中津浜線と尼宝線は違いますよ‥
武庫川挟んで大阪側が尼宝線、神戸側が中津浜線です!
Posted by 兵庫県民 at 2014年06月15日 12:51
中津浜線は西宮・尼崎の市境の武庫川の西側を通る高潮交差点〜小仁川橋まで。
尼宝線は武庫川東側。
難波のやっちゃん様も書いておられますでしょ。
Posted by マッチ at 2014年06月15日 14:09
>>いちこくの国道15号て、どこに行ってる国道だろうか。<<

江戸時代の「東海道」を前身とする東京都中央区日本橋から神奈川県横浜市神奈川区栄町までで、「明治1號國道」だったとか…
Posted by 難波のやっちゃん at 2014年06月15日 16:45
ありがとうございます。

国道15号、若番なのに、以外に短いのですね。
横浜市栄町まで。
やはり神戸と似ていますね。

鯉川筋というかもしれませんが、
神戸大丸から西へ、商店街のアーケード通りは、元町商店街で、旧西国街道・・・。
その南の東西の通りが栄町通りです。
神戸駅に突き当たります。
Posted by マッチ at 2014年06月15日 21:23
和泉にもららぽーと出来るんですね。
郊外の大型店舗ばっかり立てるの、イイカゲン規制してほしい。
中心市街地が寂れるやん。
特にイオンばっかりできて、しょーも無いわ。
Posted by みか at 2014年06月16日 11:09
これも脱線した話題になりますが、今のイオンモール、セブン&アイのアリオのショッピングモール隆盛、一番最初に郊外型SC手がけたのは堤清二氏の西武セゾングループであり、中内功さんのダイエーだったのですね。堤清二さん中内功さんとも商売の狙い目、目の付け所は決して間違ってはいなかったと思います。
昔西洋環境開発にいた方に聞いたことがありますが、「堤清二さんは商売の勘所、センスは間違わない。あのひとの手がけることはほぼ100%流行る。但し、そろばん勘定がデタラメ」とおっしゃってました。
ダイエー、セゾンがこけたのは、SCとかこれら資産を「自ら抱えた」ことに起因します。
これがバブル崩壊で不良資産化、銀行から言わせれば不良債権化したわけです。
それを思うとと今のイオンにセブンは、ダイエー、セゾンの後追いをやっているように思います。しかし彼らが失敗しないのはかつてのダイエーのように「資産を抱え込まない」ことにあります。ひとつSCモールを作れば、テナント賃料を元にした不動産収益権をすぐ小口証券化して一般投資家に売却します。セブンイレブンも最近の新規出店も直営でも旧来の酒屋パン屋を口説くのでもなく、本部が店を作っちゃってから経営権を売却するやり口のようです。不動産は仕入れて作ってすぐ手放して、あとは店舗営業でのフランチャイズ料や独占的仕入れ販売で収益をあげるようです。
つまりイオン、セブン本体には「共倒れリスクがない」ことを意味します。
伊丹に大型イオンモールが2つある。泉南イオンがあって日根野にもある。共食いの共倒れにもなろうこんなことをなんでするんだろうか?
それぞれの店舗の収益権は投資家に小口販売されているから、本体は痛くも痒くもないからです。
Posted by イオンばっかり at 2014年06月16日 13:21
愛称や通称は、いろいろな場面で使われます。
しかし、地元の住民だけがわかっても、遠方から来られた方々が困るようでは不親切だと思います。府道30号は、緊急指定道路です。広域災害、甚大な事故では、この道路を使って非難救助、物資輸送が行われます。他府県からの警察や消防、ボランティアなどの応援もあるかもしれません。緊急時、混乱しないためには、正式名称に統一するべきでしょう。幸い、沿線市町でも、正式名称を使用し始めています。
Posted by 澤田 武弘 at 2015年01月17日 18:36
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]