2014年06月12日

上本町 山と坂の物語U

(2010年06月15日記事から再録)
『都合により記事の再録にします。シーサーブログは以前、無料で100個までブログをつくれたのに、いつの間にか5個になっていた。急にブログを一つ増やしたいと思ったが、5個まで制限になっていて、増やせない。そのため多すぎるブログを一つ減らして、一つ増やすことにした。減らすのは表面に出ないシャドーサイトである。』
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上本町の近鉄本社。近鉄の本社はあくまで上本町においている。近鉄百貨店の本社は阿倍野にある。

上本町から鶴橋へ、いちど歩くつもりで意を決して、電車で出かけてみた。
大阪は坂の街と洒落てみたけど、タイトルの坂は分かるけども、「大阪に山ってあったかいな」。
ふん、ふん。真田山、茶臼山、帝塚山、天保山とか。ま、いいっか。

これまで歩いたことはなかったけれども、車で通り抜けることは何度かあった。
車で通り抜けるだけで、なぜか、新鮮な感触があった。大阪の他の場所にはない雰囲気が!

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近鉄本社のとなりには初期の超高層マンション「ローレルコート上本町」がある。

前置きはこのへんで、先を急ごう。
上本町YUFURAと近鉄百貨店を見てから、東に向けて歩き出した。
駅に沿って、二つ目のブロックには近鉄本社がある。近鉄本社の東側は何とかクリニックビルになっていたが、かつてこのビルは中堅のゼネコンの本社だった。上本町は天王寺区になっている。
そういえば天王寺区は建築会社が多かった。上場企業規模でも、世間の知名度はいまひとつだが、業界では有名な会社が多かった。

奈良県がルーツの会社が多かったが、大阪進出は天王寺に構えることがほとんどだったので、天王寺に建築会社が多くなった。バブル以後破綻した会社も多く、再建後、再度の移転で流れは天王寺から都心指向となって、中央区が多くなった。これをみると天王寺は都心でないことになる。
近鉄本社の南側には「ローレルコート上本町」がある。上本町でも最も古い超高層マンションだろうか。狭い通りを歩いていると気付くのが、予備校も多いようだ。辰野ビルというタイル貼りのビルにも、小学生を送ってくる母親運転の外車を見かけた。
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上本町ヒルズマークの超高層。

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レジデンスタワー上本町。

そうこうするうちに、小橋南北線に出た。この通りに面して、二本の超高層がある。
南の方が「レジデンスタワー上本町」。すぐの北にあるのが「桃坂コンフォガーデン・上本町ヒルズマーク」。すこし東にあるのが「ザ・上本町タワー」。
どれも高さ125メートル前後で似た高さだ。上本町の最高峰は「ウェリス上本町ローレルタワー」で、145.5メートルである。
名前が長過ぎて覚えにくいが、上本町ヒルズマークの前に付く「桃坂コンフォガーデン」は街区全体の名前なので、マークも略して「上本町ヒルズ」と短縮した表示があった。この超高層マンションは「W街区」とある。

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桃坂コンフォガーデン、街区の名盤。

私は以前、建築関係の仕事をしていた。元請会社ではないが、天王寺夕陽丘の建築会社からの見積依頼で、「桃坂コンフォガーデン」の工事名称は鮮明に記憶にあった。工事受注には至らなかったのは、本気度もなかったからかもしれない。
いまは完成から時間もたっているので、落ち着いたきれいな街並みになっている。大きく四つの街区がある。
ここから鶴橋方面の東に向かう道路は二本あるが、二本ともに下りの坂道になる。

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桃坂コンフォガーデンの街並み。キ、キレイ・・・

地名は筆ヶ崎町になるのだが、以前はここに大阪赤十字病院の門があった。病院が立ち退いて、跡地が高層住宅になったように見える。広い敷地だから病院が敷地内で移転したのだろうか。
「桃坂」という工事名は印象に残っていたが、この筆ヶ崎町は桃山学院が阿倍野・昭和町に移転するまで所在し、桃の名所に因んで桃山としたように記憶していた。
だが、桃山という地名の由来はそれくらいしか分からなかった。「桃坂」は桃と坂を当てた創作地名になるのかもしれない。
「桃山」と「桃谷」は近いから、つながっているはずだが、それ以上には分からなかった。

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雄大な大阪赤十字病院。

正直、中の街区はイメージとは大きく違っていた。狭苦しいイメージがあったのだが、まったく違うようだ。ついこの前、初めて大阪赤十字病院を見て驚いてしまった。
規模の大きさにも驚いたが、のびのび感に驚いた。鶴橋の近くで、なぜこれほど雄大なものが存在するのか? 隣であっても油断できないようだ。

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フォレストスクエアというマンション群は6棟で構成。

このあたりからは鶴橋が近いはずであった。南の東西道路に移動するため、南北の小道を探したら、一本だけ「OSAKAフォレストスクエア」に抜ける道があった。
このマンション街は少なくとも6棟で構成されているようだ。鶴橋まであと少しというあたり。南の東西道路はクランク形になって、玉造筋に下りの坂道になっている。
ここまで来て気付いたのは、「聖バルナバ病院」を見るのを忘れたことだった。
「もどるのもしんどいのでまたにしよう」。

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聖バルナバ病院は産科・婦人科病院では有名らしい。建替えられて新しくなっている。

「TAC桃山」の看板が見えてきた。「天然温泉のあるフィットネスクラブ」とか、なんとか。初めて発見する桃山の地名だが、「デイリーカナート・イズミヤ」があって、もう玉造筋の細工谷まですぐ。
ここからは谷を挟んで桃谷・堂ヶ芝あたりの高層マンション群が見える。
清風高校の前からの広い東西道路は小橋南北線の「レジデンスタワー上本町」で止まっていたのが、すこし伸びたように見えた。玉造筋まで貫通するのだろうか?

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鶴橋に近い「大阪市立環境科学研究所」。

玉造筋に出て、鶴橋方面に歩く。東側歩道に移動すると、市立環境科学研究所がある。
鶴橋にある意外性のあるものの一つではないか。せいぜいキョロキョロしながら歩かないと、街中にあるのに見逃している、知らないものが多いはずである。
近鉄のガードが近づいて、もう鶴橋と思えるころ、中規模のマンションを見ると、「セレッソコート上本町EAST」とあった。鶴橋にあっても上本町とは、マンションの名前なんて、そんなもんといえる。

上本町周辺でも、「上六」というのもかなり残っている。地元馴染みは上六が染みついているようだ。近鉄百貨店やマンションが上本町を名乗るケースが多くなって、現在は上本町が優勢になった。
意外に「上六」がしぶとく残っている。
これは阿倍野も同様に、近鉄百貨店の表記の影響が大きい。
現在は近鉄百貨店も「阿倍野」と漢字表記にしているが、以前は「アベノ」のカタカナ時代が長く続いた。この影響は無視できない。いくら書くのに早いとしても、近鉄の影響がなければ誰も書かない。
鶴橋で目立っているのが焼き肉屋であったりするが、美容専門学校も二つあるのも付け加えておこう。

聖バルナバ病院も新築された。大阪赤十字病院の巨大さには比べるべくもないが、女性の神聖さを宿すように佇んでいた。日本最大の産科・助産婦病院と伝え聞く。
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posted by マッチ at 10:14| Comment(2) | 上本町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕の出生は、大阪赤十字病院です!って何年前?という突込みがはいりそうですが、あのエリアは市内にありながら、何やらえー感じ。やはり上町台地??
でも、生玉さんエリアもそうですし、日赤の横もそうですが、ラブホ何とかならないかなあ??
Posted by 道後温泉倶楽部 at 2014年06月13日 23:24
大阪の鉄道は、うまく地形を利用していますよ。
近鉄でも、奈良線・大阪線は鶴橋までは高架線なのに、上本町に来ると、ちゃんと地平になっています。

阪和線も同じです。
天王寺の手前まで高架ですが、天王寺駅阪和線ホームは地平になっていますよ。

生玉さん日赤の横も、○○ホありますね。
たしかに鶴橋にも。
返答のしようがありません。
Posted by マッチ at 2014年06月14日 20:35
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