2014年01月17日

淀屋橋・住友村のあらまし

淀屋橋。御堂筋の東側は日本生命関連のビルが立ち並び、西側は住友財閥の集積地になっている。
淀屋橋はかつて江戸時代の豪商「淀屋」が活躍した土地であった。
淀屋は江戸時代、大阪で繁栄を極めた豪商である。

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淀屋橋たもとにある「淀屋の碑」

幕府より闕所(財産没収)処分にされた。しかし、闕所処分に先立ち伯耆国久米郡倉吉の地に暖簾分けした店を開き、後の世代に再び大阪の地で再興した。幕末になり討幕運動に身を投じ、殆どの財産を自ら朝廷に献上して幕を閉じた。
宝永2年(1705年)、五代目の淀屋廣當(よどやこうとう)が22歳の時に幕府の命により闕所(けっしょ)処分となった。廣當の通称である淀屋辰五郎の闕所処分として有名である。

闕所時に没収された財産は、金12万両、銀12万5000貫(小判に換算して約214万両)、北浜の家屋1万坪と土地2万坪、その他材木、船舶、多数の美術工芸品などという記録が有る。また諸大名へ貸し付けていた金額は銀1億貫(膨大に膨れ上がった利子によるものであるが、現代の金額に換算しておよそ100兆円)にも上った。
闕所の公式な理由は「町人の分限を超え、贅沢な生活が目に余る」というものだった。しかし諸大名に対する莫大な金額の貸し付けが本当の理由であろうとされている。

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三井住友銀行大阪本店

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住友ビル本館から西方面。向こう隣りに三井住友銀行大阪本店がある。

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住友ビル本館

淀屋橋付近には西側に住友財閥系企業多数集積し、通称:住友村と呼ばれる。
その他、武田薬品ほか製薬業界主要企業、日本生命、三菱東京UFJ銀行大阪営業部、みずほ銀行大阪営業部。

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住友ビル本館

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住友ビル2号館

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住友ビル2号館の表札。西側には3号館がある。

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住友ビル本館の南側には住友信託銀行南館があったが、住友倉庫の賃貸オフィスビルが建設工事中。

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住友ビル2号館から住友ビル本館方面。左は三井住友銀行大阪本店の裏側。

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住友ビル2号館南側から淀屋橋再開発ビル「odona」方面。

住友村の概略を書いておくと、土佐堀通りから高麗橋あたりまでが範囲になる。
概ね東西250m、南北400mくらいの地域になります。
土佐堀通りに面した三井住友銀行大阪本店営業部、その東となりに「住友ビル本館」がひときわ巨大な姿を見せています。
その東側に住友生命淀屋橋ビル、さらに東にミズノ大阪店がある。
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posted by マッチ at 17:22| Comment(0) | 淀屋橋・本町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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