2011年06月29日

二上山こそ大阪の故郷

高いビルのなかった時代、人びとは山を見て暮らしていました。朝に夕に山を見て、夜になると月や星を見ていました。山を見て果たして面白いのだろうか? そんな疑問も湧いてきます。今回は山を見て面白いのか? という実験でもあります。

昔から大阪人は朝日の昇る山として、幼い頃から二上山(にじょうざん)を眺め見て育った。陽の昇る方向は季節によっても違うし、住まいの場所によっても多少の違いもある。
あるいは生駒山と答える方がポピュラーかもしれない。高い建物がなかった昔はどこからもよく見えたのが二上山。

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生駒・信貴の山並が低くなり、いったん山が切れて再び金剛葛城の北端の二上山から山が続きます。
山の切れる場所が奈良盆地から流れる大和川。亀の瀬などの峡谷となって大阪に流れています。

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大阪の神なる山が二上山ではないだろうか。奈良県側から見ると、雄岳と雌岳が逆になる。そして陽の沈む山となる。構図的にも奈良側から見ると落ち着かないし、稜線が明確に見える場所は限られる。やはり断然大阪側から見るのが正統派と思える。

私は子供の頃から本能的に二上山の麓に惹かれた気がしている。「ふたかみやま」という読み方もあるが、「にじょうざん」が正式である。金剛山地北部に位置し、北方の雄岳(517m)と南方の雌岳(474m)の2つの山頂のある、双こぶラクダのような山である。

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二上山の大阪側の麓は「近つ飛鳥」と呼ばれる。行政地域は羽曳野市・太子町あたり。「近つ」とは近いの意味である。奈良県の飛鳥はこれに対して「遠つ飛鳥」と、近つに対応した言い方もある。大阪が「近つ飛鳥」奈良県が「遠つ飛鳥」ということ。太子町の近つ飛鳥にはちゃんと飛鳥川が流れている。近つ、遠つにならえば大阪府にあってこそ、本家飛鳥川。

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ひときわ高い葛城山です。

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さらの南に目をやるとPL大祈念塔が見えます。

大阪の「摂津・河内・和泉」が、それぞれに時代を越えて、共有してきた心のよりどころが近つ飛鳥ではないだろうか。大和の飛鳥(遠つ飛鳥)と比較し、都があった難波高津宮や難波津から見て、近いか遠いかという言い方。

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信貴山の南寄りの低くなったブドウ畑の多い柏原あたり。

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さらに北寄り、八尾のあたりですが、ここには十三峠を越える山越えの道路がある。峠の手前には「水呑み地蔵」があります。奈良県平群町と八尾を結ぶ短絡ルートですが、狭く険しいので一般的な道路ではありません。




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posted by マッチ at 10:17| Comment(3) | 府下(和泉・南河内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
二上山も勿論存じ上げておりますが大阪の故郷とは違う気がします。

南大阪のかたにはそうかもしれませんが、市内民としては生駒のほうが朝日が昇り、馴染み深いですね。
Posted by hirohiro at 2011年06月30日 21:13
たしかに、朝日の昇る山としては、おっしゃる生駒がなじみかもしれません。
なんていうのか? 心の故郷といったニュアンスでしょうか。
大阪の故郷が気に入らなければ、日本の故郷と言い換える方がいいのかも。

やはり天皇稜古墳などが多いのも無縁ではないと思います。
数年前、天皇皇后陛下が大阪(世界陸上だったと記憶)を訪問された際に、あまり報道されることもなく、羽曳野市の老人保険施設(悠々亭)を慰問されたことがありました。

なぜ?羽曳野?とそのときは思ったのですが、思い当ることは応神天皇稜の近くでした。歴史上確証のある天皇は応神天皇からの河内王朝になると思っています。
近つ飛鳥こそ日本の故郷と言って差し支えないのではないでしょうか。
Posted by マッチ at 2011年07月03日 16:20
2011年06月29日
「二上山こそ大阪の故郷」
1〜3枚目の画像マンション、団地群はどのあたりの町でしょうか?
30年以上前子供のころ羽曳野市古市に住んでおり、なんとなくのイメージしか覚えていませんがいつも眺めていた懐かしい二上山を望む風景です。羽曳野病院の風景はすぐにわかったのですが・・・
Posted by mondec at 2017年08月12日 11:58
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