2015年03月26日

国鉄の超東京中心主義思想

正確には、国鉄(略称)=日本国有鉄道は、1949年6月1日に発足した公共企業体である。
つまり公社であった。専売公社、電々公社と共に3公社と呼ばれた。
その後、1987年4月1日、国鉄は分割民営化され、6つの地域別の旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社に分割し民営化された。同時にJRグループ会社は1987年4月1日 に発足した。

国鉄になる前は鉄道省と呼ばれる国家行政機関であった。
私が子供の頃、大人達は国鉄のことを省線と言っていた。
「国鉄電車」を国電といい、省線電車を「省電」と言った。

EF58-93.jpg
特急「つばめ」の先頭に立つEF58直流電機。戦後記念切手になっている。

そういう歴史をたどったからか、国鉄には強度の徹底した東京中心主義思想が存在する。
私が東京に行ったのは中学の修学旅行(昭和32年)と、高校3年の夏休みに単身、伊豆から東京旅行(昭和38年)した2回くらいであったが、単身の旅行では東京をつぶさに見て廻った。
このときに、東京中心主義を嫌というほど身にしみた。新幹線はなかったので、往復ともに急行に乗っての旅行だった。
伊豆では、湯ヶ島温泉に宿泊した。忘れもしない木太刀荘という国民宿舎であった。一泊2食付800円という、今から考えると信じられない料金だったのを覚えている。
国民宿舎のサービスの良さにも感動していた。

一人の宿泊だったので、部屋に一人寝るのだが、食事はもちろんお部屋食で、仲居さんは僕が食事を終えるまで、部屋につきっきりでご飯をよそったりしてくれた。食事を終えてから、温泉に入り、部屋に戻ると、ちゃんと布団を敷いてありました。
これにも感動しました。それまで海水浴で行く民宿しか泊まったことがなかったので、そのサービスは殿様気分を味わうのに十分でした。

この伊豆地方のバスも便利なダイヤになっており、これにも感動していた。バスは東海バスといい、
大型の時刻表にもちゃんと載っていた。時刻の記載は優等列車のように通過か停車によって時刻とともに「レ」マークで書いてあった。

あくる日、いよいよ東京に乗り込むことになった。
伊豆急は開通していたので、下田から伊東方面に向かい熱海からはいよいよ東海道本線の普通に乗って東京を目指した。

EC113.jpg
国鉄113系直流電車。当時から東京口は15両連結で運転していた。

当時の東海道線は近郊型の113系(湘南色)が走っていた。先頭は郵便車だったりしたが、当時から15両連結であった。当然下り列車とすれ違う。すれ違う列車はどれも15両連結+郵便車の16両連結だった。
当時、沿線の各地で国鉄のプロジェクト、通勤5方面作戦の工事が行われていた。

あれやこれやで、東京駅に到着した。しばらく東京駅の京浜東北線・山手線ホームで発着する電車を見ていた。京浜東北線と山手線は分離(戦後共用していたのを分離。田端−品川間)していて、方向別複々線の別線になっていた。
正直、これに度肝を抜かれたが、電車自体は旧型電車のあずき色の古臭い電車で輸送をこなしていた。
新性能電車は入っておらず、わずかに中央快速線に101系が入っていた。当時から現在のJR路線の基本は出来ていたのである。

思えば、国鉄の佳き時代だったが、反面、国鉄の超東京中心主義に腹が立ったのも事実である。
新幹線のない時代、長距離列車は在来線の急行が主力で輸送を担っていた。
「EF58」といえば、記念切手に特急「つばめ」を引く、颯爽とした姿が印象的で忘れられない切手である。しかし記念切手の切手アルバムが出てこない。

帰りは急行「霧島」西鹿児島行で帰った。食堂車は近代化されたオシ17なのもうれしかった。特急「つばめ」の食堂車にはオシ17が使用されていた。
僕は正直、電車は嫌いで、いつも客車列車に乗るのを楽しみにしていた。
牽引機はEF58で、戦後の旅客機の華であった。平坦線を飛ばすEF58のスピードを満喫して満足していた。もちろん食堂車にも行って、カレーライスを食べた思い出がある。

国鉄の思想には、全国県庁所在都市に直通する列車の設定がある。
たとえば急行「大和」は、東京−湊町(現JR難波)間の急行であったが、関西本線の王寺で分割して1両のみ和歌山線・和歌山市行の設定があった。
所要時間からいうと、そのまま天王寺まで乗って、阪和線に乗り換えた方が余程早いのであるが、国鉄はこうした列車で終着駅まで行く列車を誇りとしていた。こうした列車には「サンライズ出雲」島根県などに見られる。
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posted by マッチ at 16:08| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

なんばセントラルプラザリバーガーデン 15.03

久々のゲンバ・ウォッチです。
ルネッサなんば地区で建設工事中の大規模マンションです。A・B・C棟の3棟からなる配置でコの字型の配置になっています。東と西のA・C棟が地上25階、地下1階、中間のB棟が22階建となっています。
専門工事業者に勤務していたのですが、リバー産業さんは僕が新規取引したゼネコンでした。退職する前に契約担当者と引継ぎしました。この現場が受注したのかどうか分かりません。

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C棟です。まだ工事中になっています。

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北側から見ると、こんな感じです。ネットのかかったのがC棟です。

現役時代は、リバー産業さんは、直接工事をせずに、西松建設に発注していました。我社は西松建設から受注していました。その後、リバーさんの工事部門でやるようになりました。工事部門はリバー建設で独立していました。

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C棟は工事囲いがあります。
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これはA棟です。

半月ほど前にC棟のタワークレーンがようやく解体されました。
A棟・B棟は完成していますが、C棟は竣工していません。残り工事が継続しています。

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A棟ですね。

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A棟の東側は植え込みの中を通る通路になっています。

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しゃれた意匠の壁面です。

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こんな埋め込みの照明も。

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気がつきましたが、ユキヤナギが咲いています。ソメイヨシノの開花する時期にいつもユキヤナギが咲くので、印象に残っています。

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配置はコの字型になっており、A棟:地上25階地下1階、B棟:22階、C棟:地上25階地下1階となっています。東側にA棟、西側のC棟は公道に面している。橋渡し状のすこし低い棟がB棟になります。それに中央に駐車場棟があります。
完成、竣工が近づいていますが、西側のC棟はまだ工事中になっています。
最初からC棟の竣工はかなり遅れる予定のようです。
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posted by マッチ at 00:00| Comment(1) | 難波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする