2015年02月01日

戦後5年 実在した『大阪警視庁』

 「戦後しばらく大阪警視庁があった覚えがあります。どんな経緯で『警視庁』は東京だけになったんですか」。編集部に妙な投稿が届いた。大阪にも警視庁? そんなアホな。でも、投稿主の井上勉さん(72)によると、小学校時代、住んでいた姫路から国鉄で大阪に行くと、車体に「警視庁」とあるパトカーが駅前にいてカッコイイと思ったという。「橋下知事がしきりに『大阪都』や言うてるでしょ。ほんで思い出しまして」
朝日新聞:記事


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大阪警視庁舎

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大阪警視庁のパトカー

GHQの指示で制定された旧警察法に基づき、大阪府では1947年(昭和22年)12月21日に国家地方警察と各自治体警察が設置され、大阪市は自治体警察として大阪市警察局を設置した。その本部は大阪府庁内に置かれた[1]。初代警察長には鈴木栄二が任命された。
府庁には国家地方警察の大阪警察管区本部と大阪府本部も置かれており、窮屈であったので、1948年(昭和23年)3月20日、大阪市警察局は本部を大阪城公園内の旧・帝国陸軍の中部軍管区司令部庁舎(のちの大阪市立博物館)に移転した。そして、翌年9月に大阪市警視庁と改称し[1]、警察長は警視総監と称されることとなった。
1954年(昭和29年)7月から新警察法が施行され、国家地方警察と自治体警察が廃止されることとなり、大阪市警視庁も6月で廃止された。

▼エピソード
初代警視総監の鈴木栄二は、大阪のような事件の多い大都会では、善良な一般市民には安心感を、不法分子には重圧感をあたえる意味で「警視庁」ほど適切な名称はほかにないとして「大阪警視庁」という名称にこだわったが、市公安委員会は「警視庁」の名前が官僚的でおもしろくないと強く反対するなど紛糾がつづき、最終的に大阪市警視庁で決着した。
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posted by マッチ at 00:00| Comment(2) | 行政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする