2014年12月21日

「鉢かづき姫」をテーマにした動画を作った

昨日の12月19日に完成した。構想はかなり前から持っており、実際に動画作成にかかったのは約2ヶ月前頃であった。
着手したものの、ウィンドウズ付属のムービーメーカーが慣れておらず、バージョンも新しくなっていたのも、操作に難渋した要因である。

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昨日はかなり未完成を残していた動画も、完成まで持っていかなければ、いつまで経っても完成しないと思われ、一気にやり遂げた。
完成した動画を見直してみると、原稿と違う文章になっていたり、不満な部分もあるのだが、いまさら手直しのできない動画であるが、思い切って世に問うことにした。



そういう作業をしていたのもあって、「大阪情報サロン」の更新は休みにしていた。
夜遅くまで作業をしたので、12月20日は朝起きるのが遅くなってしまった。
更新の原稿を考えるためである。
僕はGoogle AdSense をやっており、広告を配信しています。多少なりとも収益がある。
ほとんど毎日更新していますが、動画作成で休んだ日だったので、20日は静観していました。
朝遅く起きて、パソコンを立ち上げて、AdSense を見てみたのです。
そしたら驚くなかれ、朝から1000円/日を突破していたのです。久し振りのことです。
以後、伸び悩みましたが、午後4時までには、大分行くと思いました。
前日までの月合計が9000あたりにあったのが、一気に10000円を突破して、11000円すら超えていました。正直、過去の収益は月25000〜30000円程度ですが、それからピークダウンしてしまいました。

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「鉢かづき姫」の動画ですが、今回の話しは、嫁くらべとしています。
もともとの内容も、話しの途中に嫁くらべが出てくるのですが、とくに「嫁くらべ」に焦点を絞ってみました。Youtube動画もさすがです。
鉢かづき姫だけで、かなりの数の動画が存在しました。
そして動画を見て「文字がスクロール」やり方で制作しました。
以下に文章全文を載せておきます。以前にyoutube動画ではありませんが、文章を載せて記事にしています。まったく同じだと、検索されない可能性もあるので焦点を絞ったのです。

「鉢かづき姫」のふるさと、寝屋川市に伝わる民話です。谷川彰英先生の著書、『大阪「駅名」の謎』にも出てきます。この本を読むと先生も大阪ファンなのがヒシヒシと伝わってきます。

昔、河内の国の交野・寝屋村に藤原実高というたいそうなお金持ちが住んでいました。
奥さんもたいへん美人で、仲むつまじく評判の夫婦でした。
ところが、ふたりにはどうしても子供だけは授かりません。

そこで、夫婦は長谷寺の観音様にお参りして「どうぞ、子供が授かりますように」と願掛けをしました。
するとその夜に、奥さんの夢に観音様が出てきて、「望みどおり、女の子を授けよう。そして、その子が13歳になったら、この鉢に宝物を入れて、頭にかぶせなさい。」と言ったのです。夢から覚めると、ほんとに枕元に鉢がありました。

それからまもなく奥さんは、身ごもってそして無事、かわいい女の子を産みました。
観音様のご利益だ!と夫婦はおおいに喜んで女の子に『初瀬(はつせ)』という名前を付けてかわいがりました。

しかし、初瀬が13歳の頃、奥さんは重い病気にかかってしまい自分がもう長く生きられない事をさとり「かわいい娘に、こんな醜い鉢をかぶせるのはつらいけど、このままでは初瀬の将来が気になって死んでも死にきれない」と思うようになりました。

観音様のお告げでもある事だから・・・と決意を固めて、初瀬に事情を話して鉢をかぶせ、悲しみのあまりそのまま息をひきとりました。

その死を知った実高はおおいに悲しみ泣き崩れましたが、同時にそばにいた鉢をかぶった初瀬を見て驚き、その鉢を外そうとしましたが、ビクともしません。
実高は、うろたえて部屋に引きこもってしまいました。

それからは、実高は人が変わったように暗くなり、初瀬も自分の姿を見ると顔色を変える父を見るのもつらく、部屋に引きこもって出てこなくなり、使用人たちも、初瀬の事をはれものにさわるように、あるいは化け物を見るように接するようになり、家のなかの様子はすっかり変わってしまいました。

それから何年かして実高は、二度目の奥さんと結婚しました。
その継母は、鉢をかぶった初瀬を見るなりきみわるがって、ことごとくつらくあたり、継母が連れてきたふたりの娘も何かと、初瀬をいじめます。

初瀬は、毎日母親のお墓に行っては、「早く私もお母様のおそばに行きたい」と、泣いていました。
いつしかその事が継母の耳に入り、「そんなにここがイヤなら出て行きなさい!」と、とうとう追い出されてしまいました。
行くあてもなくさまよっていると、大きな川(淀川)にたどり着きました。

川に写る自分の姿を見て悲しくて・・・このまま死んでしまおう・・と川に身を投げました。しかし、かぶっていた鉢が水に浮いて、何度飛び込んでも岸に戻ってきて、死ぬことすらできませんでした。

濡れた着物をほして、しかたなくとぼとぼと歩いて行くと、道を通る人は化け物を見るように初瀬をさけ、子供は「や〜い!鉢かづき〜」と言って石を投げてきます。

ちょうど、そこへ『山陰の三位の中将』という身分の高い人が通って、その様子を見てあわれに思い、子供たちをいさめて、初瀬を下働きとして働かせようと屋敷につれて帰りました。

初瀬は『鉢かづき』という名前で呼ばれて、朝から晩まで台所仕事や風呂焚きをして、夜は屋敷の馬小屋のわらの上で眠り、1日中働きました。

そのお屋敷でも、気味悪がる者やいじめる者もいましたが、もう自分の居場所はここしかないような気がして初瀬は一所懸命、働くのでした。

『三位の中将』には4人の息子がいましたが、上の三人には奥さんがいて、一番下の息子は独身だったため、何かと帰りが遅く、帰宅してお風呂に入るのが深夜になることもしばしばありました。

彼は、見た目もりりしい若者でしたが、その気だてもやさしく、いつも自分が遅くなることによって、ふろ番をしている初瀬の休む時間も遅くなる事を気にしていましたので、ある日、自分が風呂に入ったあと「今は、夜もふけてみな寝静まっているから、今のうちに早く、湯につかりなさい」と、初瀬に風呂をすすめてくれました。

当然、初瀬は辞退しましたが、若者のあまりの薦めに風呂を使わせてもらい、あの家を出てから久しぶりに、ホッとしたひとときを過ごしました。

「ありがとうございました」と礼を言う初瀬と、若者はこの時初めてまともに言葉をかわしましたが、その言葉、そのしぐさに、若者は、初瀬がただの娘ではない事を感じるのです。

それから若者は、初瀬のいる馬小屋に通いはじめます。
若者が笛を持っていけば、みごとに美しく奏で、歌を詠めば、みごとに返してくる初瀬を見て、やはりただの娘ではない、きっとどこか地位のある人の姫にちがいない・・・と確信するのです。

二人はだんだん仲良くなっていき、そうなると、まわりにもウワサが広まり、中将の耳にもふたりの事が入り、このままではたいへんな事になる・・・息子の嫁に『鉢かづき』なんかもらえるか!と猛反対します。

何とか、息子をあきらめさせ、『鉢かづき』を屋敷から追い出そうと思案します。
おもい立ったのが嫁くらべでした。中将は『鉢かつぎ』と、上の息子の3人の嫁と『嫁くらべ』をする事にしました。

上の息子の3人の嫁は、それぞれ良家の姫で、財産も学識もある美しい女性たちでしたから、こんな人たちと、競うことはとてもできないと『鉢かづき』は逃げるだろう・・というこんたんでした。

嫁くらべを明日にひかえた前の晩、初瀬は涙をいっぱいためて、若者に言います「お別れはつらいですが、あなたならどんなりっぱな人でもお嫁に迎えられます。私はこのままここを出て行きます」・・・。

しかし、若者は「お前がいなければ生きてはいけない。どうしても、親が反対するのなら、私がこの家を出よう。さぁ!一緒に・・・」と、初瀬の手を引いたときです。

雷が落ちたような衝撃がはしり、一瞬、気が遠くなって、ふと足元を見ると、あの鉢がパッカリとふたつに割れ、中には金銀財宝や美しい着物が、ざくざくと出てきました。
鉢のとれた初瀬はというと、どこに出しても恥ずかしくない美しさ・・・若者の前には、この世のものとも思えない、みめうるわしい姫が・・・。
「お前が・・・あの鉢かづきか?」初瀬は、始めて若者に自分の身分や、鉢をかぶったいきさつを話ました。

そして、次の朝、嫁くらべの話は寝屋村じゅうに広まって、屋敷に見物人も大勢集まっていました。
「よっしゃ〜、この大勢の中で、目いっぱいの恥をかくがええ。そしていたたまれんようになって出て行ったらええねん」と中将・・・

そうこうするうちに、とうとう「嫁くらべ」がはじまりました。
現れた初瀬は・・・この世のものと思えない・・輝き、うるわしさ・・・
一足進めるごとに匂うような美しさ・・・
中将の前にきて、少し挨拶をすれば、声も返せないほどの気品・・・
そして琴を奏で、歌を詠み・・・ひととおりの嫁くらべの中でも、初瀬のそれに誰ひとりかなう者はいませんでした。


初瀬の生い立ちを聞いた中将は、本来なら、向こうのほうがずっと身分が上・・・
中将は、願っても叶えられないような縁談に、「よくぞわが息子の嫁に来てくれた・・・」とむしろ大喜びでした。

そして、ふたりはめでたく結ばれ、初瀬はまず、母の菩提をとむらい、長谷寺の観音様にお礼参りをしました。

その頃は、父・実高も継母と離別し、両方とも行方知れずでしたが、長谷寺で一心に祈りをささげているひとりの僧に出会いました。
娘、鉢かづきが、まだこの世にいるなら、「悪いことをした・・・一目合わせたまえ・・」
そう、その僧は父・実高だったのです。

初瀬はすべてを許し、父を屋敷に迎え、夫婦仲むつまじく、子宝にもめぐまれ、末代まで末永く幸せに暮らしました。
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2014年12月19日

大阪メトロポリスタワー(OMPタワー)14.12

大雪が吹き荒れた一日になったようです。おまけに高潮とは驚きました。2014年12月18日はやや落ち着きました。もう来週は連休やらクリスマスウイークに突入します。
師走も残り日数が日一日すくなくなります。

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前回の取材が12月6日だったのですが、わずかに12日しかたっていません。あまり日をあけずに記事にしたのは、タイトルが「大阪メトロタワー」と、間違った表記にしていました。
前回とほとんど変わってないです。18日見ると、29階あたりでおそらく1フロア伸びたかなという程度です。

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多少変化をつけるため、正面から撮影しました。

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規模は、地上46階、地下1階、総戸数565戸の分譲共同住宅、高さ152mになる分譲マンションです。細身のスレンダーなタワーマンションになっています。
(仮称)西区阿波座駅前計画(2工区)、初代大阪府庁が置かれた由緒ある江之子島に計画されました。
私は若い頃、この近くの川口町の会社にいました。日産自動車の販売会社です。
日産の販売会社も変わりました。一時期レッドステージとか、ブルーステージと言っていた区別もなくなったようです。大阪日産自動車の本社跡地が「OSAKA福島タワー」という超高層マンションになったくらいに変化しました。

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OSAKA福島タワーです。五洋建設の施工で、高さは160m以上あったと思います。

ちょうど僕が定年退職する前で、担当者とともに訪問して現場の所長に引継ぎました。
ですから受注できたと思います。

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【(仮称)西区阿波座駅前計画(2工区)】
敷地位置:大阪市西区江之子島2丁目(住居表示)
建築の用途:分譲共同住宅
事業主:名鉄不動産・関電不動産・長谷工コーポレーション・ヤスダエンジニアリング
設計・施工:長谷工コーポレーション
建築面積:2050.54u
延べ面積:65837.50u
構造:鉄筋コンクリート造
高さ:152.42m
階数:地上46階・地下1階
工事完了予定時期:平成28年3月末日
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posted by マッチ at 00:53| Comment(0) | 四つ橋・西本町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする